藤沢市の概要
藤沢市は、神奈川県に位置し、南は相模湾に面し、北は相模原台地の緩やかな丘陵が続く気候温暖な自然環境に恵まれた都市です。中世からの門前町・宿場町として発展し、現在は首都圏近郊の好環境の住宅都市、江の島湘南海岸をもつ観光都市、慶應義塾大学など4大学が立地する文教都市など、多様な文化都市として発展を続けています。
藤沢のあゆみ
藤沢市内では、大地縁辺部を中心に、これまでに150ヵ所を超える縄文時代の遺跡が確認されています。最近の発掘調査から、台地上のみならず河川近くの低湿地や砂丘にも、縄文時代の人びとの生活が繰り広げられていたことが明らかにされています。
江の島は大昔、片瀬山や腰越と陸続きでしたが、浸蝕作用や地殻変動によって独立した島となります。しかし鎌倉時代に入ると、江の島と対岸片瀬との間に海底が隆起し、徒歩で渡れるようになりました。
江戸時代前、徳川家康が関東に入国し、まもなく藤沢に御殿・代官陣屋が設置されますが、100年も経過しないうちに廃止になりました。しかし、徳川家康が休泊した藤沢御殿跡(御殿辺)からつけられた御殿橋をはじめ、陣屋小路、陣屋橋など歴史を語る名所が数多く残っています。
明治の中期まで、藤沢として称される地域は、大鋸、坂戸、大久保地区(現在の本町付近)であり、古くから遊行寺の門前町として、また東海道の主要宿場「藤沢宿」として栄えました。1887年7月に東海道線藤沢駅が、1902年9月に江之島電気鉄道(現江ノ島電鉄)が開通し、その賑わいは現在の藤沢駅へと移っていきます。
関東大震災の被害を受けるも、1929年に小田原急行電鉄江ノ島線が開通し、市制が施行され藤沢市が誕生すると周辺の村や町が次々に藤沢市と合併し、1980年には人口30万人を突破、現在は「ふじさわ総合計画2020」に基づき、目標年次20年で、市民が一生安心して暮らせる生涯都市をめざし、都市発展を図っています。
藤沢の名前の由来
1.藤の多い水辺の地
2.源頼朝の家臣、藤沢次郎清親の居住地
3.淵や沢の多い土地
等が代表的なものと言われています。
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| 藤沢の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓ |
藤沢文書館
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| 住所: |
藤沢市朝日町12-6 [地図を見る]
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| 電話番号: |
0466-25-1111 |
| 開館時間: |
平日 午前8時30分〜午後5時 (昼の12時から1時は除く) |
| 休館日: |
土曜日、日曜日、国民の祝日及び休日(振替休日を含む) 年末年始(12月29日〜1月3日) |
| 入館料: |
無料 (ただし文書のコピーは1枚10円) |
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